写真展について

−虐待サバイバー写真展について−

日々のニュースで親が大人が子どもを殴り、揺さぶり、放置し、人権を無視し、お前のためと尊厳を奪い、触れてはいけいないところに触れ、魂を傷付け、支配し、監禁や軟禁をし、尊い命が失われています。

命が失われなくとも、日々の虐待で心がすでに死んでしまっている子どもが沢山います。

平成29年度の児童虐待報告は13万件超と、信じられない数字を叩き出しています。

この現状は今に始まったことではありません。

虐待が虐待の連鎖を生んだり、社会のスキマで人知れず悲劇が行われているのです。


そんな虐待を受けながら育ち、大人になった「虐待サバイバー」がやはり、数多くいます。

小さな頃の傷は癒えず、無理矢理ふたをしたり、気づかないふりをしたりしてなんとか日々を生きています。

しかし気持ちの奥の奥の方では常に傷はうずき、辛い日々と戦っています。

なんとかサバイバーとして生き残っても、今なお厳しい戦いを強いられています。

中には大人になっても自分が虐待を受けた事実に気づかず、中年層になってから気がつき、そこから傷を癒していかなければならないという辛い目に遭っている虐待サバイバーも数多くいるのです。


自分も虐待サバイバーの一人です。

年齢は伏せていますが、親元を離れだいぶ時間が経ってから「あれは虐待だったんだ」と自覚して、日々記憶のフラッシュバックや、虐待で負った現実と向き合う日々を送っています。

虐待の事実に気がついてすぐに「日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?」という本と、編集をなさっている今一生さんという方とTwitterを通じて出会いました。

本の感想と、自分がこれから何ができるだろうかと今さんに相談したところ、「田中さんは写真を撮られるなら、虐待サバイバーとお茶会などを通じて会い、写真を撮らせてもらったらどうでしょう。それでWEB写真展をしてみては?」という言葉をいただきました。


自分は発達障害を持っており、コミュニケーションを得意としません。

しかし写真を通じたコミュニケーションは少しだけ自信があります。

そこで公園などで写真を通じて、少しだけ会話も交えながら虐待サバイバーの方の写真を撮らせていただこうと思いました。


写真を通じて、同じ虐待サバイバーの方も「生きている」と知ることができます。

そして写真を撮りながら思うのは「生きていれば、私たちはどこへでも行けるし 何者にだってなれるのです」ということ。

どんなに苦しい思いを経験しても、生きていればそこから這い上がって、自由に生きることができます。

初めは恨みや苦しみの思いが先立つかもしれない、でも、その思いを持ちつつも立ち止まらず、更に先には自由な人生が待っているのです。

それを多くの虐待サバイバーに知って欲しいと思っています。

テーマは「生きている」です。


どうぞ虐待サバイバー達の「生きている」姿をご覧ください。

笑顔の写真や穏やかな写真が多いかもしれません。

その写真の中から何が見えますか?






もし参加されたい方は必ずこちらのページを読んでいただいた上でharuphoto2532(アットマーク)gmail.comまで(アットマークを@に変えて)メールをお送りください。

自分の住まいが東京なのでその近郊の方に限られると思われますが、どうぞ一緒に写真を通じて一歩前に進んでみませんか?

そして同じ境遇の方たちの勇気へ、あなた自身の生きる力につなげてみませんか?


2018年9月6日 田中ハル