「花まみれの淑女たち」を読んで考える虐待サバイバーの生き方
お久しぶりです。
去年11月に虐待サバイバー写真展を埼玉で開催してから、次のグループ展、そこから発想を得た作品の作成、写真をさらに見てもらうための勉強をしていて、今は新しい虐待サバイバーを写真展から少し距離を置いてます。
いずれ再スタートしたいのですけどね。
今年は軽度ながら、毎年冬季うつにもなっているし、狭心症発作も出てるので無理せず過ごしています。
そんな中読書をたくさんしています。
最近は「禅の思想」を学んでいる最中ですが、興味がずっとあった小説も読んでみました。
その小説は、過去に虐待を受けて育った歌川たいじさんの小説
「花まみれの淑女たち」
です。
一口で言うと「怪傑ばばあの大捕物」と言った感じ。
褒めてます。
魅力的なばばあたちが手を取り合って今までの人生経験と特技を駆使して、主人公の若い女性を巻き込んで、いろいろな事件に首を突っ込んで大騒ぎしながら解決する、爽快感のある物語です。
その中で出てくる恋の話、親子関係の難しさ、人が人に与えることには怖さと慈愛の両方があること、いろいろな要素が含まれていています。
特にやっぱり虐待とまでは行かないけれど、親子だから、家族だからこそ難しい関係性の心の機微の表現がすごく良くって、親って言うのは自分勝手で好き放題やって、でも親という存在の立ち位置の難しさも感じ取れました。
そして虐待という経験、さらに歌川さんはリーマンショックでの悲劇も体験されてからの今があり、そしてブログ、漫画、小説、講演活動で活躍されてます。
そんな歌川さんだからこそ書けた怪傑ばばあ(褒めてます)達と主人公の癖の強さ。
そう、虐待サバイバーさんたちは個性的な方は多い!
みんなと同じ道を歩けなかった。
ほしかった親の愛情をもらえなかった。
でも!だからこそできることがあるのです。
それは簡単な道ではないですし、結構茨の道です。
去年の写真展は大成功を収めましたが、たくさんのトゲにも刺さりました。
でも、すでにトゲどころか一度えぐりとられた心を取り戻しつつ生きている虐待サバイバー達です。
自分だけの道があります。その道を見つけて前に進むことができるはずです。
今まで写させてもらった被写体の方たちはその後もそれぞれの道を進んでいます。
それは皆さんそれぞれやっぱりしんどい思いをしながらだと思います。
自分も時々痛い思いをしながら写真を撮って生きています。
歌川さんは「母さんがどんなに僕を嫌いでも」で虐待の過去と、その後お母さまと向き合った話も漫画で描かれて、その後仲野大賀君(当時大賀君)主演で映画化されました。
虐待を受けた過去は確かに辛い過去です。
そこに引っ張られて前に進めない人たちがたくさんいます。
「どうか花まみれの淑女たち」、「母さんがどんなに嫌いでも」
どちらも読んでみてください。
虐待サバイバーの強かさと優しさが溢れてます。
前に進む原動力になりますよ。
力をもらえました。
自分もあんなばばあ達みたいになりたい!
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